イイモノ

ぼくは小佐内さんを理解し損ねていたらしい

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夏期限定トロピカルパフェ事件
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小佐内さんのこと分かったつもりになってはしゃいでいた。

春期限定いちごタルト事件ですっかり小佐内さんの虜になってしまった私は、すぐさま次のエピソードとなる夏期限定トロピカルパフェ事件を読むことにしました。

この記事は春期限定いちごタルト事件を読んでいることを前提として書いています。前作を読んでいる人なら、おそらくそのまま夏季限定も読んでいることと思うので、この記事はネタバレ全開です。

タルト事件を知らないという方は、春期限定いちごタルト事件の書評で紹介してますので、ぜひそちらから読んでみてください。

あまりのリアルさが面白おかしい第一章

第一章のシャルロットはぼくだけのもの、これほど笑えるくせに手に汗握る物語はそうそうないと思います。扱っている題材はものすごいしょうもないことです。しょうもないけど、ある意味では死活問題です。

とても身近なことで、同じ状況にあったらおそらく私もやるでしょう。むしろ率先してやるかもしれません。ゆえに犯人に共感してしまいます。そしてまるで目の前で実際に行われているかのような臨場感が味わえて、ついつい手に汗握ってしまうのです。

つまりこういうことです。彼女から「ケーキ4つ買ってきて」と言われたんだけど、在庫が3つしかなかった。仕方がないので3つだけ買っていき、さあケーキを食べようかというところに、彼女に電話がかかってくる。なんだか時間がかかりそうだったし、お腹も空いていたので先に1つ食べたら、想像以上の美味しさにびっくり。なんだこれ、くそうめぇ。彼女はまだ戻ってこない。ケーキは残り2つ。これ、最初から「ケーキが2つしかなかった」ってことにしたら、自分が2個ケーキ食べれるんじゃね・・・?

こんな状況ならやりますよね。私はやります。小鳩くんもやってしまうわけです。

そんな重大事件が犯人側の小鳩くんの視点で描かれます。相手は甘いものをこよなく愛する小佐内さんです。しかも単なる甘いもの好きではなく、復讐することが大好きな狼です。バレたらどうなるのか分かったものではありません。ゆえに手に汗握ってしまいます。笑いの止まらない、とてもおもしろいエピソードです。

振り返りながら一緒に考えた第二章

私は本を読む時、基本的には一方通行です。推理小説ですべての材料が出尽くして、さあ犯人は一体誰だろうというときに、前のページに戻って読み返し犯人を推理したりはしません。ですがこの章は何度も振り返りながら読みました。

この第二章で問題となるのは「暗号」です。堂島健吾が残した「・・・に連絡してくれ」という言葉とともに残された、どう見ても「半」の字にしか見えないメモ。これが一体何を意味するのかを解明していきます。

読み返す理由はシンプルです。この問題の「半」に見えるメモの画像が、実際に画像として提示されていたからです。小鳩くんの推理に合わせて、自分もメモの画像を見返しながら一緒に考えてしまいました。

日常☓推理の難しさ

日常生活の中でありそうなことをミステリの題材にすることは、想像以上に難しいことなのだと最近気が付きました。それは、日々の出来事というのが身近なことだからです。そこに推理という異物が混じってくると、そのままでは違和感が生じてしまいます。

日常の中には探偵による推理ショーは存在しません。本作で小鳩くんが小市民を目指すきっかけとなったように、日常の中で謎を暴き立てる探偵の存在は疎まれるものでしょう。単体による推理が非日常的なことなので、日常の中にはなじまないからです。それが殺人や犯罪といった非日常の空間であれば、探偵が出てきて当たり前、むしろ出てきて当然と感じもしましょうが、こと日常の出来事が相方となるとそうもいきません。

にも関わらず、日常を舞台とする推理モノを楽しめるということは、そこに異物感を感じさせない工夫がなされているからでしょう。本作であれば「読者を推理に参加させる」ことによって、違和感を和らげる工夫が行われているのだと思います。

謎を提示しした後にすぐに解説と答え合わせが行われるのではなく、探偵が答えに辿り着くまでの過程も描く。その際に誤った推理が披露され、それが否定される。すると読者は「それで違うんだったらこういうことなのかな?」と自然と考えてしまうわけです。このようにして、いつの間にか非日常的な出来事である「推理ショー」に溶け込んでしまうのです。

この夏季限定であれば第二章がそうですし、前作のタルト事件であれば「おいしいココアの作り方」などがまさにそうです。そのまま描いては「なんでそんなこと推理してんの」と違和感が出るだろうに、読者を推理に参加させることでそれを消している。さらにはそれが物語への没入感を増幅させ、臨場感をもって作品を楽しむことも出来ます。

そう考えると非常に巧みです。日常を舞台とした推理モノというと、なんだかとても簡単に感じてしまいますが(むしろ今まで簡単なことだと思ってましたが)、実はとても難しいことなのだということに気づいてしまいました。

脅威の短さの第三章

15ページしかありません。びっくりです。

15ページしかないにも関わらず、小鳩常悟朗と堂島健吾の関係性が見事に表現されていて、さらにびっくりです。

親友なんて関係では全くなく、かといって険悪というわけでもなし。仲がいいわけではなく、好んでつるもうというわけでもない。むしろ気に食わない部分が大いにあるのだが、ある点においては信頼しているというような微妙な関係。あけすけな態度で接することができるゆえの自然体。そんな距離感がいいなと思います。適当にあしらっても何とも思わないからこそ、素の自分がさらけ出せる。そんな二人の関係が、このたった15ページに凝縮されているような気がしました。

衝撃の第四章

ここまで楽しく読んできておいて、そのまま楽しいだけで終わるわけがありません。衝撃的な事件が起こります。起こりますが無事に解決します。

ハラハラしながら事の次第を見守りながら、無事に終わってああ良かったと一息つこうと思ったら、終わり方がしっくりきません。きっと「ん?」となると思います。何か間違えてるんじゃないかと正直思いました。

いったいその違和感の原因は何なのか。すぐに次に進まず、しばらく考えてみるのがいいと思います。

ぼくは小佐内さんのことを理解していなかったらしい

そして終章はショックでした。小佐内さんのことを全然わかっていなかったなと。

タルト事件で小鳩くんは小佐内さんのことを「あれは狼だ」と称していました。復讐するのが大好きな子だと。しかし私は、それを「ちょっとお茶目な一面」程度にしか認識していませんでした。気配もなく背後に忍び寄るけど、小動物のような愛らしい姿がメインであって、小佐内さんは「復讐が好き」という一風変わった性向とのギャップに萌えを感じるキャラクターなのだと。

それがどうでしょう。この終章を読みながら、その認識は甘かったということにまず衝撃を受けました。「狼」ですらかわいく見えるような、そんな底知れなさと恐ろしさを感じました。

この終章を読んで、私がまっさきに連想したのは絡新婦でした。京極夏彦の絡新婦の理を思い出したのです。自らは直接手を下さず、何ら犯罪となるような行為はしていないにも関わらず、自ら望む状況を演出し周りの人間が犯罪を犯していくという部分が、小佐内さんとダブって見えたのです。当時その本を読んだときにもかなりの衝撃を受けましたが、あのときに感じたゾクゾク感が蘇ってきました。

姿を変える物語

この終章に至ると、無邪気に笑いながら熱中していた物語が、一気にその姿を変えます。あれもこれもそれも、すべて小佐内さんの計画の一部だった。ただ単に面白かっただけのエピソードが、この終章を読むと別の姿を表すのです。それはもう衝撃的です。

すべて小佐内さんの手の内だったのかと思うと、彼女の底知れなさを痛感します。全然わかっていなかった。その衝撃のせいか、私は小佐内さんのセリフを素直に受け取れなくなってしまいました。それが本心なのか、それすら嘘なのか。

スッキリした終わり方というわけではありません。タルト事件のようにニヤリとして「次も読みたい」という結末ではありません。どちらかと言うと後味は悪いです。悪いんですが、構成が巧みで舌を巻きます。

そしてやっぱり続きが気になります。スッキリしないがゆえに続きが気になります。小鳩くんと小佐内さんの今後はどうなるのか。小佐内さんの本心はどうなのか。タルト事件を読み終わった後とは違う意味で続きが気になります。

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