イイモノ

アニメで見た六花の勇者の続きが気になって仕方がなかった

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六花の勇者
最悪と最高が入り混じってひとことでは言い表せない。

海外ドラマ、見ますか?

私はCSIシリーズとかクリミナル・マインドとか、クライム・サスペンス系の海外ドラマをよく見てます。

そんな海外ドラマの共通点といえば、各シーズンの最終話がすっきりした終わり方をしないことが挙げられるでしょう。

捜査官が乗り込んだ車が爆発して終わったり、おとり捜査で潜入した捜査官の行方がわからなくなったり、「おい、そんなところで終わるなよ!」というところでシーズンの幕が下りるんですよね。次シーズンへの布石と、視聴率を稼ぐ意味というのは分かるんですが、それにしたってもうちょっと他にやりかたはないものかといつも思います。

ちなみに我が家では、そんな尻切れトンボな終わり方をするとき決まって「ジェリーめ」とツッコミを入れるのがお決まりです。(CSIシリーズの製作総指揮者であるジェリー・ブラッカイマーを指して言っていたのですが、そのうち他のシリーズでも言うようになりました)

なんでそんな話するかというと、六花の勇者はまさにそういう感じの物語だからです。

目の前にニンジンをぶら下げられた馬の気分になる

この気分になったのは2巻からでしょうか。2巻の時点でははっきり気づいてはいなかったんですが、6巻まで読んで確信に変わりました。読み進めていると、まるで目の前にニンジンをぶら下げられ、無理やり走らされる馬になったかのような気分になるんです。

衝撃的な事実が明かされて「ええっ、これからどうなるの?」と思わされ、「ほらほら、どうなると思う?」と煽り焦らされ、最終的にはなんとか凌ぎきる。しかし各巻最後には、次巻へ至る衝撃の事実がほのめかされてまた驚かされると。全部そういう流れなんですよね。

それでも気になるから続きを読んでしまうじゃありませんか。実際私も6巻まで読んでしまいました。ライトノベルなのに、私にとっては非常に珍しいことであります。

ただ読みはしたものの、自分のうちからくるモチベーションによるものではないので、なんだか釈然としません。

語りすぎ

結果は伏せられるんですけど、秘密はこれでもかというほどに明かされます。例えば罠を仕掛けている側の視点が語られるのです。「あの罠で右往左往してるんだろうな、くっくっく」みたいに罠の内容が語られてしまう。

どういう秘密があるのだろう、仕掛けがあるのだろうとか想像をふくらませる暇すら与えず、むしろ序盤で開示されてしまいます。その結果どうなるかだけが最後まで引っ張られるのです。読者である自分は罠の内容がわかっているので、登場人物たちが右往左往するさまが焦れったくて仕方がありませんでした。

ネタバレされながら物語を読んでいる気分になるんですよね。本編を読んでるのにネタバレもくそもないだろうって思われるかもしれませんが、私にとってはそれくらい語り過ぎであると感じる展開が多すぎました。

六花の勇者は対立する陣営の駆け引きが物語の面白い部分だと思っています。にも関わらず、対立している側の人物の視点が開示され、その人が何を考えているかまで明かされてしまいます。私は六花の勇者を読んでいて、一番もったいないところだと思ったのがこの部分です。

もうちょっと他に魅せ方はなかったのだろうかと残念に思ってしまうのです。この人はいったいどういう考えでこういう行動をとったのだろうと、想像する余地がないのです。

分かりやすいくていいという考え方もあるかもしれません。確かにあーだこーだ考えなくてすむので、楽でいいのかもしれないとも思いました。けれども、それならいちいち焦らさずにさっさと話を先に進めろよと、私などは思ってしまうのでした。

キャラクターの感情や行動に共感できる

クソミソにこきおろしているように感じるかもしれませんが、それはひとえにもったいないと思うからのことです。登場人物たちが何を考え、そして何を大切にし、どうして命をかけて戦うのかという、物語で繰り広げられる人間ドラマは素晴らしいものがあります。

例えば主人公のアドレット。自分に才能がないことを分かっていながら、それでも六花の勇者となるためにがむしゃらに努力する姿。才能がないから努力をしても無駄なのかなと弱音を吐くことなんてしない。才能がないなら死ぬまで努力するだけ、そうすれば「才能がないのかな」なんて悩む時間なんてないんだからと、決して諦めないその姿勢には心を打たれるものがあります。

アドレットは、戦闘能力の面では他の六花の勇者に劣ります。むしろ一番弱い。そんな最弱の存在だからこそ、彼の葛藤に共感が持ててしまうのでしょうね。どんな苦境に立たされても「俺は地上最強だからな」と自らを鼓舞する姿。苦しい時こそ笑えと、決して諦めない不屈の闘志。だからこそ彼がどうなっていくのか気になってしまう。

そして、そんなアドレットの姿に惹かれていくフレミーの感情は、涙なしには見れませんでした。

これは人物の感情が全て語られるからこそのものです。もったいないと思った部分があるからこそ得られる感動。

だからこそすごい物語だとは思うものの、素直に褒め称えられないもどかしい気分になるんですけどね。

ミステリではなく駆け引きの物語

私は六花の勇者はアニメで見て知りました。魔神の復活にあわせて六人の勇者が選ばれるはずが、蓋を開けてみればなぜか七人いる。勇者は必ず六人が選ばれるため、一人は偽物ということになる。それは一体誰なんだ・・・という、ちょっと一風変わったファンタジーです。

七人の中から偽物を探すという要素から、ファンタジーとミステリの融合作品であるという意見を見かけます。私のミステリの定義は「謎解きを楽しむ物語」なので、その定義からいうとこれは「ミステリ」ではないと思います。

では何かというと、私は駆け引きを楽しむ物語だと思っています。仲間なのか敵なのかわからない状況の中で、どうやって敵をあぶり出すのか。張り巡らされた罠をかいくぐって、いかにして死地をぬけ出すか。異なる思惑で動く人物たちが、時に対立し、時に連携していく姿が、この物語の醍醐味だと思います。

いうならば人狼ゲームのようなものだと思います。そしてそれは、相手が入れ代わり立ち代わりするものの、全巻を通じて(少なくとも私が読んだ6巻までは)同様だと思います。

そんな駆け引きの中で生まれる愛情。5巻は読んでて目頭が熱くなってしまいました。

どこまで読むか

アニメを見て知った人は、その結末に面食らったことと思います。7人目の偽物が判明して全て解決したと思ったら、また新たに別の7人目が出てきて終わったからです。この先一体どうなるのかと思って、2巻を手に取られた方もいるんじゃないでしょうか。(私もその一人ですが)

結局偽物は一体誰なんだという方は、5巻まで読むとそれが分かります。しかし5巻まで読むと6巻を読まずにはいられないでしょう。6巻を読むと、やっぱり次が気になってしまいます。ちなみに偽物が誰か、誰が送り込んだのかというストーリーは、6巻でとりあえず一区切りつきます。しかし六花の勇者の物語は、さらに気になる謎を提示して続きます。

ちなみに先にも述べましたが、各巻毎回海外ドラマの終わり方みたいな、すっきりしない終わり方をします。どこまで読んでも「この先一体どうなるんだろう」というところで終わるので、読みだすと途中で辞めるのが難しくなると思います。

これまで述べた焦らす部分とか、語りすぎだと私が思っている部分は、人によっては気にならないのかもしれません。しかし私はこれらのことが気になって、読了感はあまり良くないと感じてします。「この先一体どうなるんだろう」とワクワクしながら次の話を待つ気分ではなく、なんだか焦らされるだけみたいな印象を受けるんですよね・・・。

5巻も目頭熱くなったといいましたが、その気分のまま終わらせてくれないんです。6巻への衝撃の布石のせいで、俺の感動をどこにやる気だよって感じでした。

そんなわけで、5巻感動したけど5巻までぜひ読むべきだなんて言えない微妙な気分なのです。マイナス点をあげつらっているのも、ひとえに惜しいなあと思っているからなんでしょうね。続きを読みたいという気持ちは、自発的に内から発せられるものにして欲しかったなと。

六花の勇者をすすめることは、そんな沼に引きずり込むような気もしています。だからなのか、なんだか素直におすすめできないのでした。

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