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AI vs 教科書が読めない子どもたちを読んで

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AI vs. 教科書が読めない子どもたち
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森博嗣の文章で読みたかった

中高生の読解力がやばい、というニュースを目にした人は多いだろう。その震源地がこの本だったと記憶している。

読解力がやばいとはどういうことなのか。どういう問題でテストを行って、自分だったらちゃんと読み解けるのだろうかとか気になった人も多いのではないだろうか。自分もそのクチで、本書に興味を持った。

実際に読んでみたら、読解力についての話は後半の3分の1で、それまでは延々とAIについての話が続く。

  • みんなAIに幻想を抱きすぎている
  • AIが人間を超えることは(今のところ)ありえない
  • AIには限界がありできないことがある
  • しかしAIに取って代わられてしまう部分は大いにある

というような話が前半3分の2で語られている。私は読解力の話が知りたくてこの本を読んでいたので、若干肩透かしを食らったような感じであった。

そんな肩透かしを喰らいながら思ったのは、失礼を承知で素直に述べると「森博嗣の文章で読みたかった」というものである。何だそれはと言われても、実際に読みながらそう感じてしまったのだから仕方がない。

科学的な内容と感覚的な内容とがごちゃまぜになったような感じのどっちつかずな文章で、読みながら「ああ、森博嗣の文章で書いてあったらすごいわかりやすそう」なんて思ったのだ。もっと論文チックな内容として読みたかったという意味である。

もっと科学に寄った硬い本なのだと思っていたのだけど、AIについて誤解を持っている人に対して現実を知ってもらうべくフランクな感じに書かれているのだろう。でも中身は数学やAIの話でややこしいので、果たしてどれだけ効果があるのだろうか。もっとかっちり書いてもらったほうがいいんじゃないかななんて読みながら思ってしまったのだ。

そもそもフランクというよりは、全体的に「ドヤァ」感が漂っているように私は受け取った。それもあってか、素直に内容を受け取ることができていなかったかもしれない。

読解力

本題の読解力について。

読解力を測るテストを作成して、小中高生に受けてもらってデータを取ったところ、偶然とかそういうレベルではなく、科学的(統計的)に確からしいレベルで子どもたちが文章を理解できていないということが明らかになったという話である。

実際にその読解力テストで使われている問題の一部がいくつか提示され、その結果とともにその理由が示されていく。

問題文はお世辞にも「わかりやすい日本語」とはいえない。しかし、その問題文は教科書や新聞などで実際に使用されている文章が用いられている。

読解力がヤバイというのは、決して悪文を読み解くことができない子どもたちが大勢いるという話ではなく、読んで理解できることが「前提」とされている教科書や新聞の文章が理解できていない子どもたちが大勢いる、という話なのだ。

教科書の文章がわかりにくいのが問題なのだから、教科書の文章をわかりやすいものに変えればいい話じゃないか、というのはおそらく論点がずれている。

私にも覚えがあるが、テストであろうがなかろうが普段から基本的に文章は精読していない。一文一文丁寧に読むのは英語の文章だけだ。それは読み飛ばせるほど重要なキーワードが分かっていないから一文一文丁寧に目を通さないといけないからであって、ぱっと見ればキーワードを拾い出せる日本語は細かくは読まない。おおよその文意が分かれば事足りることが多いからである。

特にテストの問題など当然のように読み飛ばす。むしろテストは回答の選択肢を確認し、そこから問題文に戻って必要そうなキーワードだけ拾って行く感じで読んでいた。問題文から読んでも、選択肢を見てまた問題文を読み返す必要があって無駄だからだ。それゆえに紛らわしい問題だと、問題文を読み飛ばしたせいでケアレスミスしてしまうこともある。そういうケースには、紛らわしそうな匂いを嗅ぎ取ったときに丁寧に読むのである。そんなパターンで問題を解いている人は決して少なくないはずだ。そうすることが効率的だからそうやっているのだ。

そういったキーワードの拾い読みを行い正しい答えを導くのは、AIも同じなのだ。そしてAIはその手法で人間より圧倒的に早く、圧倒的に高い正解率を叩き出すことができる。意味は理解しないけれども正解を導き出すのである。

AIでは解くことの難しいタイプの問題もこの読解力テストには含まれる。しかし残念ながらこのテストの結果は、AIの苦手とするタイプの問題は、人間も同じく苦手としている(正解率が低い)ことを示している。

AIに代替できてしまう仕事がたくさんある。ならば人間はAIにできないことを仕事とすれば良い。しかしこの読解力テストの結果は、果たして人間はAIの苦手とする部分を仕事とすることができるのだろうか、ということを我々に問いかけている。

ではどうしたらよいのか

というのはこの本には書いてない。むしろ「科学的な根拠を持ったことは今のところ何も言えない」と書いているほどである。

不安を煽るだけ煽ってそれはないだろう、と思ったりもするのだけど。

ただ、「科学的根拠を持って言える改善策は今のところ見つけられていない」というだけであって、できることは何もないとは言っていない。このテストの結果を元にした取り組みで、読解力の改善が見られたという話がちらっと紹介されている。(といってもそれも具体的な話は全く何も書かれていないのだけど)

おそらくだが、具体的かつ絶対的な解決策なんてないのだと思う。「なぜあなたは文章を読んでその意味が理解できるのですか?」という問にスッと答えられるならたぶんそれが答えなんだろうけれど。私はそんな問に明確に答えることはできない。

このテスト結果(と本書の内容)から、自分にできることは何だろうかと考えた。ここから私が学ぶべき教訓は何なのか。

自分のことについては特段困っているわけではないし、今更他人に働きかけて読解力の向上に貢献しようなんて言うのもなんか違う。できるとしたら、自分の子供についてだろう。

私は文章が読めない子供に対して、丁寧に接していくしかないのかな、なんてことを思った。もし自分に子供がいるのであれば、テストの正解・不正解に一喜一憂するのではなく、なぜ間違えたのかについて子供と一緒に考えてみる。そういう取り組みが読解力を伸ばすために必要なのではないだろうかと思った。というより、そうやって1つ1つ丁寧に確認して、どこでつまずいているのか確認して、その原因を解決していくしかやりようがないと思うのである。

まあ子供はいないのだけど。

もし自分に子供ができたら、そうやって子供と一緒に学んでいける親になりたいなというのは思った(できるかどうかはまた別の話だけれど)。

総評

書いてあることにいろいろと反論したくなるのは、全体的にただよう「ドヤァ」感によるものではないかと思うが、それは別にして提起されている内容はとても興味深い題材だろう。

日本語の文章を理解できない子供が相当数いると。

AI技術が進歩すれば、AIに代替されてしまう仕事は数多く出てくる。そうなったとき、人間はAIにはできない仕事をするしかない。

しかしAIが苦手とすること–この本で取り上げられているのは文章の意味を理解するということ–は、人間もまた苦手としている現実が見えてきた。

教科書があるんだから読めば分かるでしょ、と思っていたらそもそも教科書が読めていなかった。現実はそんなことになってるんですよ、と。

では私たちはどうするべきなのか。

その答えは各自で考えるしかない。

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