貴志祐介「新世界より」を読んで

新世界より
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生々しい人間の姿を目の当たりにして常識を揺さぶられた

ホラー+ディストピアな作品で、全体的に暗いお話ではありますが、いろいろ考えさせられる内容でした。

私はその世界観に惹かれました。世界観というか、設定というのが適切かな?

もちろん登場人物の置かれた状況、胸の裡に去来する葛藤、スリリングな展開もあってそれが面白いんですけれど。でもそれらは、この世界観があるからこそ生きてくるんじゃないかなと思います。

もし超能力者がこの世に存在したら・・・

この物語は超能力者が出現した世界を描いた作品です。

超能力者がもしも存在したら、世界はいったいどうなると思いますか?

私は世の中のあらゆるものが便利になって、みんなハッピーになると思っていました。こたつの中に潜り込んだまま、超能力でみかんの皮をむいて寝転がったまま食べられるんです。便利でないわけがありません。

超能力を悪ことに利用する人も出てくるでしょう。でもそれは、きっと正義の超能力者によって阻止される、そんな楽観的なイメージがありました。

しかしそんな楽観的なイメージは、この「新世界より」によって見事に打ち砕かれてしまいました。

新世界よりの世界は、悪ことをはたらく超能力者を発端として、社会制度自体が崩壊してしまいます。

最初はちょっとした犯罪からでした。しかし超能力による犯罪は、証拠が残らないために検挙が難しいのです。超能力による犯罪が行われても、能力を持たざる大多数の人間は指をくわえて見ていることしかできない。

その歯がゆさは、能力をもたざる人間たちによる超能力者の弾圧、つまり魔女狩りへとつながります。数の上では非能力者の方が圧倒的大多数であり、いくら超能力があるとしても分が悪い。

しかし超能力者も黙ってやられるわけにはいきません。そしてついには戦争へと発展します。

超能力者たちは極端にいえば、「死ね」と念じた瞬間に人が殺せてしまうのです。その力は兵器のように使ってもなくならないので、能力を持たざるものからしたらどうしようもありません。道端でばったり出会ってしまっただけで殺されてしまうかもしれない。殺るか殺られるかの戦いです。先に攻撃しなければ負ける。そんな争いによって人類はその数を大幅に減らしてしまった、そんな世界なんです。

希望と絶望

というのは「新世界より」の舞台の過去のお話です。この物語は、そういう悲惨な歴史の上に成り立っている世界で生きる少年少女たちの物語です。

人類は社会制度を維持するために、人類が生き残るために、人間性すら捨て去り非情な手段を講じます。人類が生き残るために、自分たちを犬畜生のように管理するのです。

人類存続のためには子供が必要です。しかしこの世界では、子供は希望であると同時に恐怖の存在でもあります。人類存続のためには子孫が必要なのに、その子孫がもしかしたら人類を滅ぼす存在になってしまうかもしれないのです。

呪力を持った人間が社会を維持していくためには、人間に対する呪力行使を防ぐ必要があります。それはもはや洗脳と言ったほうが適切であるほどの教育や、強力な暗示による縛りなどで制御しようとしました。

しかしそれらは完璧とはいえず、最終的には遺伝子操作による制御を行うことでようやく担保されました。つまり人間に対して呪力を行使しようとすると、自分自身に呪力が発動するようにしてしまったのです。そしてもしも人を殺めてしまったら、自分の心臓が停止するような機構を組み込み、仮に呪力が人間に行使されたとしても被害が拡大しないようにしたのです。

ですが、遺伝子制御も完璧ではありませんでした。突然変異によってその制御機構が働かない人間が表れたからです。それは人間の中から超能力を持った人間が生まれたように、どうしようもないことでありました。

だからこそ。子供は希望の存在であると同時に、大人たちにとっては恐怖の存在でもあるのです。

そして考えさせられる人間の本性

荒唐無稽な世界と思われるでしょうか?

ですが私は、この世界の成り立ちに納得させられてしまいました。

話し合いやルールではどうにもできない対立の末、滅びかけてしまった人類。これは程度の差はありこそすれ、ネットに蔓延る私刑、モンスタークレーマー、そういった身近にある出来ことを連想させるせいか妙な説得力を持っていると感じたのです。

たった一人の犯罪者が出るだけで滅亡につながってしまう。だからこそ徹底的な管理によってこれを制御しようとするも、最終的には「危険な可能性に繋がる要素は事前に排除する」というするしかない。果たしてこんな世界は正常なのでしょうか。

正常ではないと思うのに、一方で自分がこの状況に置かれたら「こんなの間違ってる」なんていえない。むしろ率先して自分の身を守ろうとするだろうなと考えてしまうのです。

結局いま自分たちが生きている社会は、良心や思いやりの気持ちなんてのは絵空ことでしかないのではないだろうか。恐怖と暴力の力の前には無力なのだろうか。

衣食足りて礼節を知るではありませんが、生命の危機に瀕した時に、それでも私は人を信じることができるんだろうか。

そんな危機的状況においても助けあいはあるのは理解できます。それを否定したいわけではありません。

ただ、この「新世界より」は私の中の常識を揺さぶり、心の闇に目を向けさせるきっかけになったことは事実です。人間について考えさせられる、そんな作品でした。

最初のキッカケは世界観に惹かれたことでした。ですが物語を読んでいくと、人間性について考えさせられました。

人間の汚い部分を生々しく描いた本作。「違う僕たちはこんなのじゃない」と否定したい。でも果たして本当に違うのだろうか。そんなことを考えさせられて衝撃的でした。

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