小山清の落穂拾いを読んでみた

落穂拾い・犬の生活
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犬の生活が一番好き。

小山清の落穂拾いを図書館で借りてきて読んでみました。きっかけは、ビブリア古書堂の事件手帖です。その中の登場人物、志田の好きな本として出てくるのです。

特に理由があって読んでみたいと思ったわけではありません。強いて理由をあげるとすれば、ビブリア古書堂の事件手帖がきっかけで復刊されたという事実が、私の背中を押した形になるかもしれません。

頭から順番に読んでいきましたが、第一印象は「何とも形容しがたい、変わった本だなぁ」という感じでした。

今まで読んだことのないタイプの本

この本を読み進んでいて、しばらくしてから思ったことがあります。この本に書いてあることに意味は無いのだなと。もっと他に言いようがあるかもしれませんが、この本の中に書かれている出来ことや物語自体に、さして意味はないのだろうと思ったのです。

「◯◯がどうこうした」とあっても、その結果について描かれないことが続くのです。まるでオチのない会話を一方的に聞いている気分になりました。

しかし、オチがないことにモヤッとすることはあっても、いらだちを覚えることはありませんでした。素朴で飾り気のない述懐は、どことなく懐かしさが感じられて好感が持てたからです。

これはきっと、一度読んで終わりというタイプの本ではないのでしょう。手元において、時折読み返して心のうちに沸き上がってくる気持ちを楽しむための本なのです。人を慈しむ気持ち。ちょっとした気遣いから生まれる人の温かみ。幼い子供の無邪気さ。未熟だった自分と、純粋だった自分。古き良き時代を懐かしむような、そんな気持ちになるのです。この本は、そんな気持ちを思い出させるためのトリガーとして意味を持っているのではないでしょうか。

自分が書いたものではありませんが、なんだか日記を読み返している時のような気分になりました。

私小説

この本は、というより小山清という人は、私小説と呼ばれるタイプの物語を書いているそうです。それががわかったのは、落穂拾いの最後の話「桜林」を読んでいるときでした。

父の背中で「千手観音」とふざけて遊んだという記述が出てくるのですが、この記述はいちばん最初にある「わが師への手紙」にも書いてありました。そこでWikipediaで小山清を調べて、これが著者本人の体験を元に書かれた物語であることを知りました。Wikipediaの来歴に書かれている部分が、そのまま小説として描かれているわけです。

ここで書かれていることは、登場人物や設定に多少の変更はあれど、確かに著者の体験が描かれているのだろうなと思います。飾り気の感じられない淡々とした描写が、どこかリアリティを感じさせるのです。特に主張があるわけでもなく、ただ淡々と自らの体験を独白している。そういう姿勢で書かれた本なのだなと思いました。

ただ、それが面白いかどうかは別問題です。しかし、飾り気なしの素朴な述懐は、私は好感を持てました。

メフィスト

その気持は一番最後のメフィストを読んで一層強まりました。

メフィストは太宰治によって添削されたものらしいのですが(まえがきにそう書いてある)、それまでの話と雰囲気がまるで違います。笑えるという意味でとても面白い話です。この本の中に収録されている話の中で、一番印象に残ります。

太宰治が疎開している間留守を預かっていた小山清が、来る人みんなが太宰を訪ねてくることが面白くなくなり、「私が太宰だ」と来客を騙してやろうとする話です。

この物語だけは、脚色がなされているなと思いました。なぜなら、まるで雰囲気が違うからです。同じ人物が書いたものとは思えないほど、このメフィストは浮いています。

メフィストは間違いなく面白いです。それは確かです。しかしメフィストに至るまで、自分が感じていた儚げな良さが吹き飛んでしまうほどに傾向が異なっているので、素直に「いいね」といえない作品でした。読んでいて心の奥底にポワッと暖かいものが浮き上がるのが、この人の作品の味だなと思っていたものですから・・・。

とは言いつつ、読みながら大いに笑い、楽しませていただきましたけれどもね。

繰り返し読みたい本

話は地味で決して読みやすいとは思えませんでしたが、時折読み返してはしみじみとするというのが、この本の正しい楽しみ方だと思います。

刑務所に収監されていた頃の話や、勉強が嫌で仮病使って逃げたり家出したりといった、読んでいて楽しい気持ちになる話ばかりではありません。この辺りの話になってくると、自分の嫌な過去が思い出されて、読むのも苦痛になりました。いい話ばかりがあるというわけではありません。

何か教訓があったり、主張があったりするわけでもありません。始めに書いたとおり、私はこの本に書かれていることに意味はないと思います。

それでもこの本を読んだら、自然と心のうちに何かが湧いてくると思います。明確に「こうだ」といえないような、儚い気持ち。そんな気持ちになれる話が、きっといくつか見つかると思います。

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