短篇集「満願」を読んでみた

満願
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表紙が雰囲気をよく表している

この満願は6編の短編を収録した短篇集となっています。

どの物語も「スカッと爽快」というものではありません。程度の差はれど、どれも表紙から想起されるイメージの話ばかりでした。じめーっとジトーっとした暗めな話が多いので、そういうのが苦手な人は楽しめないかもしれません。

どの作品も最後には意外なオチが待っているのですが、意外であってもどこか腑に落ちるオチとなっているのが見事だなぁと思います。その理由は、オチにつながる伏線がちゃんと張られていることに尽きると思います。「そういえば途中であったな」と、思いもよらないオチがきても「卑怯だ!」と思わないのでしょう。どっちかというとしてやられて悔しい、という感じです。

そんな意外な結末につながる伏線は、それ自体が目立つものです。あからさまに出てくると、これがオチにつながるのだなと分かってしまって興ざめです。しかしその点はよく考えられていて、違和感を感じさせないようにサラッと物語に織り交ぜられています。だから最初に出てきた時は読み流してしまうんですよね。そして結末に至って「ああ、そういえば伏線あったな」と、意外なオチなれど納得してしまうのです。

短篇集なので、すべての物語が心に響いて面白いというわけにはいきません。短篇集は、どれか1つでも心に響くものがあればアタリだといえるんじゃないでしょうか。といっても単行本(ハードカーバー)では値段が高いので、図書館で借りる、文庫化を待つのがいいかもしれません。

収録作品の雰囲気は大まかには似通っているので、ちょっと暗めの雰囲気の物語が好きな人には合いそうです。

以下はネタバレを気にせず、収録作品のうち2作品を紹介してみます。

死人宿

私は語られていない部分を想像させるタイプの話が好きです。多くを語らず、結末において登場人物の心情を想像させるような作品、いいですよね。この物語の後、登場人物たちはどんな思いでいるのか、今後どうなっていくのか想像できると楽しいです。

敢えて多くを語らない結末も好きではありますが、本編中における登場人物の行動や過去について、最後にその理由を考えるためのきっかけが提供されるタイプの話もいいです。このタイプの話だと、最近読んだ同著者の「さよなら妖精」が印象に残っています。この満願に収録されている作品では「死人宿」が該当します。

死人宿は、失踪した元恋人が仲居として働いている宿に、主人公が向かうというところから話が始まります。その女性は主人公に「上司とそりが合わない」と相談を持ちかけていましたが、主人公は「そりが合わない人だっているさ、がんばりなよ」とあまり真剣に取り合っていませんでした。働いていく上でよくあることだと思っていたからです。

しかし彼女が失踪してから、彼女の働いていた会社での不祥ことが発覚します。彼女の置かれていた状況は、普通じゃなかったと後になってから分かったのです。それ以来、主人公は彼女の安否を案じていて、そしてようやく行方が分かったというわけです。

彼女の働いている宿は辺境の地にあり、近くに自殺の名所のある死人宿として一部で有名な宿でした。そんな宿で彼女と再会し「俺が間違っていた、助けられなくて悪かった」と懺悔する主人公。そんな主人公に彼女は「遺書のようなものを見つけたんだけど」と相談を持ちかけます。

ミステリとしてのお題は「この遺書を書いたのは一体誰か」、ということになるでしょうか。と言っても意外な結末が待っていて、謎解きを楽しむというより、ミステリを絡めた物語として面白いと思います。

何を読者に考えさせるのかというと、主人公の元彼女が、この死人宿の仲居として働くに至った経緯についてです。これは物語中ではまったく描かれていません。しかし、最後に彼女が「なぜこの遺書を書いた人の自殺を止めようと思ったのか、その理由を訊かないでいてくれたことが嬉しかった」というようなことをポツリと漏らすのです。私はこのやりとりで、彼女がこの宿で働くに至った経緯、主人公の元から姿を消してからの経緯が読み解けるんじゃないかなと思っています。

これは答えが提示されない謎解きです。しかし、主人公が回想する過去、彼女の言動から、一体どんな経緯があったのかを推理することができるのではないでしょうか。正解があるわけではないですが、書かれていない物語を想像するのも楽しいもので、この死人宿にはそれがあると思います。

柘榴

私は基本的にはスカッと笑える話が好きなのですが、人間の狂気や異常性がかいま見える怖い話も好きではあります。その観点でいえば、この満願に収録されている「柘榴」が該当します。

容姿端麗であることを自覚してそれを武器として使ってきた女性が主人公です。その美貌を武器にイケメンを勝ち取ったんだけども、結婚してみるとその男は生活不能者で金を稼いでくるどころか逆に小金をせびるというダメ人間でした。結婚する際に父親から「あの男はダメだ」と反対されていたこともあって、両親に頼ることなく自分の力だけで夫と二人の娘を育ててきたけれども、子供が大きくなるにつれ夫を養っていくことの負担が大きくなってきてしまいます。娘たちには不自由な思いをさせたくない、大学まで行かせてやりたい。そんな思いからようやく離婚を決意します。親権はもちろん自分に帰属するものと思いきや、子供たちは父親を選んでしまうという物語です。子供たちが父親を選んだ理由と、その方法が衝撃的でした。

人間の心理描写が実にうまくて、とても惹き込まれました。親の子を思う気持ちという美しい姿と、それと真逆にあるような歪んだ愛情。その対比された狂気がゾクリと来てとても面白かったです。

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