聲の形と向き合ってみる

聲の形
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心が弱っている時に読むものではない

人によっては読むのに大変な苦痛が伴う作品だと思います。感じ方は人それぞれです。作中に出てくる登場人物あるいはそれ以外の視点で、何かしらの共通項を持って読むことができるでしょう。おそらく楽しい思い出として読める人はほとんどいないと思います。つまり苦しい過去を思い出させるものなんじゃないのかなぁと私は思います。

はじめに立場の表明を。私はこの作品を「気持ち悪い」と感じています。それが正直な気持ちです。

この作品が駄作であるといいたいのではないです。読むことによって自分が見ないふりをしていた心の闇が思い起こされて、いろんな感情がぐちゃぐちゃになって、実際に気持ち悪くなるというだけです。

1巻から7巻まで通して読みましたが、二度目を読もうとは「今は」思えません。自分自身の感情と向き合うことが出来ず、折り合いがつけられないからです。いつか二度目を読みたい、読まなければならないとは思っています。

だからこの作品が好きな人、感動的だと思っている人にとって、私の書くこの文章は不愉快かもしれません。ただ、作品をけなす意図で書いているわけではないことは分かってもらいたいです。

この作品は意義のあるものだと思うし、感動的でもあるとも思います。一方で、こんなに丸く収まるなんて嘘だと思う気持ちもあって、「感動的だ」の一言で済ますのはなにか違うと思うのです。

この作品を感動的だといえる人が羨ましいです。きっと心の傷に折り合いをつけることができた人なんでしょう。

私はいろいろな感情がごちゃまぜになって気持ち悪いままなので、一度思っていることを書いてスッキリしたい、だからこれを書いています。

正直、まったり何も考えずに笑えるようなコミックを読んだところで全然気分が晴れないんです。それくらいパンチのある作品です。心の闇に折り合いがつけられていない人、心が弱っている人は不用意に読まないように気をつけたほうがいいでしょう。

私は自身が小学生だった頃を思い出しながら読んでいました。思い出しながらというのはちょっと語弊があります。呼び起こされたが適切です。これまで他のもので埋めて見ないようにしていた心の闇と対面させられたように思います。

私自身は消極的にいじめる側だったかもしれませんし、いじめられる側でもあったかもしれません。だから読んでいてフクザツな気分です。

なんて残酷なことをしてしまったのだろうという後悔と、和解できた将也たちに対する羨望と妬み、現実はこんな簡単じゃないんだという作品への恨み言。

硝子へのいじめに対して学校が介入したのは、補聴器という貨幣の価値で客観的に測ることのできる損害があったからこそのものであって、もしこれがなかったら学校は介入できたのか。そう考えると怖くないですか?

将也は自身がいじめのターゲットとなったことで自分のやったことの残酷さに気づき、そして硝子に謝罪しようと決意するわけですが、ではもし将也がいじめられていなかったらどうなっていたのでしょうか。もし硝子のせいだと逆恨みをしていたらどうなったのでしょうか。謝罪しようと決意したとして、硝子に会えなかったらどうなっていたのでしょうか。もしすでに硝子がこの世からいなくなっていたらどうなっていたのでしょうか。硝子が謝罪を拒絶していたらどうなっていたのでしょうか。そういうことを考えると、作品の都合の良さが気持ち悪く感じるのです。そして怖いのです。

あの人に謝りたいのだろうか。謝って許されたいのだろうか。将也たちが羨ましいのは間違いないと思うけれども。

謝ったところで楽しかったはずの小学生生活が戻ってくるわけではない。傷がなかったことになるわけではない。植えつけられた恐怖が消えてなくなるわけではない。だけど謝ってほしいのだろうか。

この作品が都合がいいって思ってしまうのは、そう思わないと今の自分が間違っていることになってしまうからなのかもしれません。そんな現実を認めたくないから気持ち悪いのかもしれません。

私はこの作品を読んで「気持ち悪い」と感じる人の意見を聞いてみたい。Amazonのレビューで「感動的だ」なんて書かれているのを見るのが気持ち悪くて、逆に低評価のレビューを見て少しホッとしてしまいました。だからというわけではないですが、これを見て反感を感じる人の声に耳を傾けたい。

京都アニメーションによってアニメ化されるそうですが、劇場には見に行けないだろうなぁと思います。見てみたい気持ちはありますが、それはいつか自分の心の闇と折り合いをつけて、その後で見たいという意味です。そしてそれはこのコミック自体に対してもそうです。

もう一度読み返したいという思いは強いです。ですが、それは自分の心の闇と向き合った時、折り合いがつけられた時、もしくはもうちょっと心の元気が貯まったときです。折り合いがつけられた上で読めたら最高ですが、いつかまた読み返したいとは思います。そんな作品です。

いろいろ書いたら多少は楽になったような気もします。

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